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7月15日

 前日にしこたま酒を飲んでいたために眠りが浅く、夢を見た。内容は、あるウェブ小説をiPadで読む、というただそれだけだが、この小説がとにかく印象的なものだった。主な登場人物は6人。彼らは学生時代のサークルの友人たちで、うち2人は同性愛者のカップル、もう2人は幼少期から家族ぐるみでの付き合いがあり、現在も恋愛関係などはないがルームシェアをしている。最後の2人は角度こそ違えどともに人間関係のあり方に対してシニカルな態度をとっている語り部役。2組の人間関係が、理想と現実の狭間で揺れ動くさまについて、語り部役が感想をはさみながらぼやくなかで、よりよき関係への態度を無意識に模索していこうとする、という物語。模索について、詳しい様子やその行く末を明瞭に描かれることはなかったけれど、何よりも模索が協働されること自体に、尊さのようなものを感じた。

 そんな夢から醒めたのが6時。二日酔いで吐き気と頭痛がひどく、そこから14時ごろまでベッドで悶絶していた。酒というのは、精神・肉体の両面に大きなダメージを与える。朝日を鬱陶しいものに、音楽をノイズに、将来のビジョンを悲観的なものに変えてしまう。このような状態になるたび、二度と飲まない、と胸に誓っている。

 4限は今期最後の研究室のゼミ、5限は今期最後の勉強会。その後、ゼミの打ち上げ。酒を少し飲んだ。科学システムで認められる以上の価値を科学者の側から証明すべきではないか、というような話を、勉強会の途中から打ち上げの後半まで延々としていた。振り返ってみると、社会学をはじめとした人文・社会科学の論文の執筆者の、科学外部に対するresponsibilityとaccountabilityにまつわる問題と、それを査読や研究計画、概要といった手続きのなかに制度として整備されることの可否の問題だった。僕としては、科学的に考えられたそのような手続きが教育システムのなかに効果的にフィードバックされるか否かの問題に置き換えられるのではないかと思うし、何よりまだ論文を書いていない身分であることも手伝ってか、どこか問題に対して距離感を抱いてしまった。そんな僕とは対照的に、博士課程や研究員の先輩たちはヒートアップしていた。研究と大学教育で食っていく・食っていこうとしている人たちなので、やはりこの問題が明確に自身に関係する問題としてあったのだろうか。

 その後、研究室で22時から29時までアヴァロンとナポレオンをし続けていた。とても人間的な営みだったと思う。友人たちと徹夜でゲームをすることが日常化していた時期もあったし、それを時間の無駄と切り捨ててしまうつもりもないけれど、こういうのは、ときどきで良いのだとしみじみ思った。研究室の窓から見える景色はとてもよかった。